ハッピーエンドで終わらせない

悲しさの分だけ花を飾ろう

今夜は夢の中で抱きしめて

 

人々がそれぞれの目的に向かって歩く、

雑踏の中に自分がいる時、

周りの人たちの背中を見送りながら

似たような姿を探してしまう時がある。

 

パーマをかけたフワフワの栗色の髪の毛を、

肩まで伸ばした彼女を見つけたとしても、

たまに後ろを振り返って、

私がいるかどうか確認する彼女は

きっといくら探しても、見つからないのだろう

 

同じような後ろ姿を探しても、

チョコチョコと着ぐるみが歩くような歩き方で歩く彼女の姿を愛しく思うことはもう2度とないのだろう

 

 

友人と遅くまでお酒を交わして、

夜中に帰路につく私を

リビングのテレビをつけて、

部屋の電気を消さずに待ってくれている

彼女の姿はこの家のどこを探してもいない

 

リビングで煙草を吸っていると、

一緒に煙草を吸う彼女の姿はいない

 

私がベッドで横になっていると、

こっそりと私の部屋の扉を開けて、

布団に潜り込むほろ酔いの彼女はいない

 

彼女を抱きしめると感じる

煙草の匂いが微かに香るヘアオイルの匂いを

近くで感じられる瞬間はこの先も2度とない

 

抱きしめると彼女から香る、

その匂いが私は大好きだった。

 

 

 

悲しいことに、記憶は時間と共に薄れる。

 

色んな表情や仕草、彼女の香りや声も

全て覚えているはずなのに、

 

私の1番記憶に残る彼女の顔は

仏壇に飾られている微かに笑う彼女だし、

 

私の1番記憶に残る彼女の香りは

タバコの匂いが微かに香るヘアオイルの、

私が大好きだったあの匂いではなく、

ラベンダーのお線香の香りだ。

 

声なんて、もう少し奥の記憶にある。

 

 

きっと、沢山覚えていることもあるのだろうけれど、

人は悲しいことに最期ばかり記憶に残して、

その最期の悲しい記憶を繰り返し、繰り返し、考えてしまう。

もう少し落ち着いてきたら、

きっとそれ以前の幸せな記憶を思い出せるのかもしれない。

そうであってほしいけれど。

 

私が煙草を吸い始めた時、

1番初めに吸ったのは、

彼女が吸ってたマルボロのメンソール、8ミリだった。

彼女が逝った後も、

しばらくは彼女と同じ煙草を吸っていた。

 

2人で同じ銘柄を吸っていたから、

父が大量にマルボロのメンソールを購入していてくれた。

 

いつもならリビングで2人で吸ってた煙草の味をリビングでひとりで味わう。

味が同じなのに、見える景色が違う。

そのことにとてつもなく胸が締めつけられた。

吸っても吸っても減らないカートンの量にまた、悲しくなった。

 

1つずつ、目に映る思い出を変えていかなければならないと思った。

そうしないと生きていけないと思った。

だから、煙草を変えた。 

 

 

だけど、仏壇にお線香をあげる時は、

たまに同じ煙草を一緒に吸う。

内定を貰えた時、彼氏が出来た時、

単位が取れた時、友達に褒められた時、誕生日、

自分にとって少し特別だった日に、

私は彼女と一緒に同じ煙草を吸う。

 

だけど、いまはその煙草を吸うと、

臭いがキツくてむせそうになる。

 

それを当たり前に吸っていた私が、

また少し、遠い記憶の私になる。

 

そのこと自体も、少し切ない。

 

 

1年に1回のお盆だ。

姿は見えないけれど、

久しぶりの帰路に、

嬉しく思えているのだろうか?

生前も方向音痴だった彼女だから、

ちゃんとここに着けているのかも

正直不安なのだが…。

 

今日はマルボロの8ミリを吸おうか。

濃いめのウーロンハイを飲もう。

 

彼女の好きだったお酒は、

自分で焼酎をお好みで入れる、

ちょっと濃いウーロンハイだった。

あれから、私もウーロンハイを飲むようになった。1番馴染みのお酒になった。

だから、今夜はウーロンハイで乾杯しよう。

 

 

これを悲しい物語にしたい訳じゃない。

ただ、こうやって貴女を想える

私になっていきたいと思う。

 

 

自分の記憶や人生に深く結びついた人と

突然別れた時に、悲しみばかりが先行して、

どうしても後悔の念が押し寄せる。

 

自分を叱責して、

泣いてばかりの自分でしかいられなかった時、

 

もし、この立場が逆転していたとして、

泣いているのが私ではなく彼女だったら、

いまの姿を見せられたら、

 

私はどんな声をかけたいと思うだろう?

それを考えたら、

 

「私は大丈夫。だから、泣かないで。」

 

そんな言葉だった。

 

きっと彼女も、そう答えると思う。

 

 

生きる希望がなくなるほど辛いこと、

道端や電車の中で突然涙が止まらなくなること、

入浴中に発狂したくなること、

何故か切なくて息が出来なくなるほど苦しくなってしまう夜のこと。

 

そんなことがきっとこれから、

私にもみんなにも訪れるかもしれない。

 

だけどそんな時、

誰かへの悲しみを足枷にしてはいけない。

誰かに想いを馳せる時、

思い出すのは愛しさだけで十分だ。

 

そんな風に思えない日があったり、

どうしようもなく悲しくて、

世界に味方が誰1人いない感覚に陥ることもあるかもしれない。

 

そんな夜には貴女を抱きしめてくれる誰かが側にいてくれることを私はずっと願っている。

 

貴女の悲しみが和らぐことを願う人が、少なくても1人、居ることを忘れないでほしい。

 

 

少しずつ、少しずつ、

記憶の整理をしていく私を、

貴女は時々、不安そうな顔をしながら

私の顔を窺うように見るのだろう。

 

だけど、その後に

愛おしそうな顔で微笑むんだろうね。

 

 

誰かに語り継ぐ物語は

悲劇じゃない方が良いだろう。

思い出すのは、

喜劇であった方が良いだろう。

 

だけど、今夜は、

貴女を想って泣いてしまうかもしれない。

 

苦しくなって、涙が止まらないかもしれない。

 

そんな夜には、目を閉じるよ。

だから、その扉をこっそり開けて、

布団に潜り込んでおいでよ。待ってるからさ。

 

 

今夜は、夢の中で抱きしめて。